田宮二郎の高原へいらっしゃい
1976年にTBSが放映した田宮二郎さん主演の「高原へいらっしゃい」というドラマの紹介と八ヶ岳周辺についてのご案内です。
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プロフィール
Author:mounthiker
田宮二郎さん大好き
高原へいらっしゃい 第2話
第2話 鳥居ミツと高間麟二郎の正体
見知らぬもの同士が、閉じている高原のホテルに集まってきたのは3月下旬であった。
集めたのは面川清次である。
誰もが見放したこのホテルを、泊まった人の心にいつまでも残るように、さわやかで暖かいホテルにしないかというのである。
予算は少なく、月給も満足に払えない。
だから、嫌な人を引き止めることはできない。
しかし、コンクリートと排気ガスの東京よりホテルの成功というはっきりした目標がある。
この高原の生活のほうが生き甲斐があるかもしれないと思う人は残ってほしい、
1人1人、その能力を見込んでかけがいのない人を選んだのだから。面川の弁舌はよどみがなかった。そのよどみのなさ。調子のよさに、胡散臭いものを感じるものもいた。
何か裏がるのではないかという思いは誰の胸にも残った。
しかし、東京に戻ると言いだす者はいなかった。
それぞれがひそかに抱く、それぞれの孤独が、高原での新しい生活を求めたからだった。北上冬子、高間麟二郎、高村康雄、鳥居ミツ、服部亥太郎、小笠原史朗。
会社から派遣されてきたという大貫徹夫。そして、地元から加わった杉山七郎と有馬フク江。
メンバーは10人であった。まだ風の冷たい、春の兆しも見えぬ、雪の残る高原での第一歩であった。
こんな田中信夫さんのナレーターが2話から挿入されました。
皆がてきぱきとベッドのマットや毛布のほこりをはたいたり風呂場の掃除をしている。
しかし、ミツだけはゆっくりとマットレスを2階から運んでいた。
「あーぁ。疲れた。何してんだろうな、あいつは」
史朗はそんな彼女を見つけると、もうちょっと急いでよと怒り、康雄には彼女の悪口を言ってしまう。
「なんだっていうんだ!あの女。たらたらばっかりしやがってよ」
「まだ?」
「今来るけどさ。有能な奴ばっかり集めたって言って、あいつはちっとも有能じゃないじゃないか。何がとりえがあるっていうんだ、あの女」
ミツはそんな史朗と康雄にマットレスを運んできた。
そんな時、キャーという悲鳴が響いてきた。
風呂場を掃除していた冬子がねずみを見つけて叫んだのだ。
皆がどうしたんだと駆け寄ったときは、すでに七郎がねずみを捕まえていた。
それは生まれたばかりの赤ん坊のねずみだった。
「見てみるかい?」
七郎が冬子とミツにそのねずみを近づけると、2人は飛び上がるように叫び声をあげ、皆に笑われてしまう。
「面川さん。少し早いけど一服しませんか?」
「一服?」
「ちょうど皆も集まったし、9時50分のお茶っていうのはどうですか?」
「そりゃいいですね」
「何を言ってる。ホテルの仕事に9時も10時もお茶の時間なんてものはないよ」
「営業すればそうでしょうけど、今日は早くから皆もよく働いたし」
「7時から3時間足らずじゃないか。おばちゃんを見てみろ。ねずみぐらいじゃ、びくともしないぞ」
面川はすぐ後ろで掃き掃除をしているフク江を見ながら言った。
「さ、昼まであと2時間だ。客室の半分は午前中までに片付けよう」
手をたたきながら皆を元の仕事に戻れといわんばかりの面川。
大貫も、仕事場に戻ろうと皆に声をかけた。
そんな彼を面川は2階に呼んだ。
「どういうつもりだい?10時のお茶なんていうことは、君が言わなければ皆考えてもいなかった。君は会社でお茶を飲んでいたかい?」
「勿論飲んでいませんでしたが、ここではその必要を感じたんです」
「分からないね」
「皆ばらばらで寄せ集めじゃないですか」
「昨日の今日だ。当たり前じゃないか!」
「ねずみ騒ぎで皆が一緒になって笑いました。そういうチャンスに、30分休憩して冗談を言いあえば、どれだけ気持ちが近づきあうか分からないでしょう」
「今日休めば明日も10時に休むことになる」
「払うものも払ってないんです、普通より休ませるって印象を与えるのも悪くないんじゃないですか?」
「機嫌をとっていたんではホテルは開けないんだ。一緒にやろうといって、皆もやる気になってる。気の緩むようなこと言わないでくれ」
そんなところに高間が野菜の仕入先を決めて帰ってきた。
大貫は肉と魚はどうしたか聞くと、この地元じゃ無理だと言われてしまう。
地元を大事にしないで潰れたホテルがあるという引き合いを出して、大貫は是非下の村で仕入れてくれと言う。それに対して面川は高間に自由にやってくれと言った。そして、大貫には仕事に戻りたまえと命令する。
「高飛車は駄目だよ。いいかい、大貫君。材料って物はね、材料を見分ける目があるだけじゃ駄目なんだよ。なんとしてもいい材料をつかんでくるという熱がないとね。下の店には、その熱がない」
「そんなことが簡単に分かりますか?」
「分かる。店と主人を見れば、分かる」
「勘ですか?」
「勘にも色々あるがね。私の勘は正確だ」
「そりゃそうでしょうね」
「好きにやらせてもらうよ」
「いいかい。土地の人のことを軽く見てるわけじゃない。現にあのおばちゃんを雇ったんだ。料理だけは最高のものを出したいっていうことで、あの高間さんにきてもらってるんだ。僕のホテルのキャリアは13年だ。君のにわか勉強でがたがた言ってもらいたくない」
「そうはいきません。私は社長命令で出向してきた人間です。予算の300万の管理が私の仕事です」
「だったら管理したらいいだろう。余計な出費は出さない」
「いくらけちけちしていてもホテルが成功しなければ、元も子もありません」
「そこまで、君に責任はないよ」
「私は責任があると考えています。社長は私をただの金庫番として出向させたんではないと思います。ホテルを絶対に成功させたいんです」
「君以上に私もそう思っている」
「今後も意見を言わせてもらいます」
そういう大貫に歯ぎしりする面川だった。
「殴りたければ殴りなさい」
面川を呼ぶ史郎の声。
「肉と野菜は、一応よいことにします。様子を見ましょう」
「面川さん。面川さん」
大貫に対する不満。史郎にせかされる掛け声に面川は史朗のほうへ行くことにした。
「面川さん」
ガラスをたたく史朗。
「なんだい?」
「あの鳥居ミツって女の人。怠けて頭きちゃいますよ」
「どこにいるんだい?」
「ねずみの後どこかいっちゃいましたよ。マット運ぶっていうから待ってたのに、来ないじゃないですか」
「探してくる」
「あの人のどこにとりえがあるんですか?どこかとりえがあるから選んだんじゃないんですか!」
そう言われきっとなって史朗を見る面川。
「怠けていて、とりえなんてないんじゃないんですか?」
「まわってこいよ。彼女のことは皆に話さなかったな。まわってこいよ」
庭にいる史朗に言った。
面川はミツの部屋に行った。
「この部屋も寒いな。皆、昨日は寒くてだいぶこたえたらしい」
そう言いながら腰掛ける面川。
「不満だろうと思ってた」
ミツの気持ちを気遣いながら言った。
「すぐ行くわよ」
煙草を吸いながらのミツ。
「いいんだ。掃除なんかするために来てもらったんじゃないんだ。ただ、すぐにはやる気にはなれないだろうし、特別扱いはしないでほしいと言ってた。それで皆と同じようにしてもらったんだ」
「それでいいわよ」
と相変わらずベッドに寝そべっている。
「そうだろうね。でも、僕のほうが焦れてきてしまってね。君にここまで来てもらったことが自慢なんだ。こんな有能な人を見つけたんだぞって、早く皆に自慢したいんだ」
「どうだか・・・」
「本当だよ。現に昨日だって皆の前で言おうとしたじゃないか。それを君が言うなっていうから、我慢したんだよ」
「本当のことだけ言うんなら、止めやしないわよ」
「そりゃそうだろう」
「どうってことのないウエートレスのことまで綺麗だのなんだのって調子のいいこと言うから、私の時にはなに言われるか、ぞっとしたのよ。私、お世辞嫌いだからね」
「そうか」
「あんなウエートレス。綺麗だなんて言われたもんだから甘ったれて、ねずみぐらいでキャーキャー言って人集めて」
「どうだい?皆に見せてやろうじゃないか!君がすごい人だってところを見せてやろうじゃないか!」
「そんなこと言って働かせようったって駄目よ」
「そうじゃないさ」
「だって、現に困ってるんでしょ」
「うん。困ってはいる。しかし、無理に働かせようとは思ってない。大事な人だからね」
「そんなこと皆に言ってんでしょ」
「言ってないさ」
「分かってるわよ。皆に美味しいこと言って、君が一番大事だからって皆を連れてきたくせに」
ようやくベッドから起き上がるミツ。
「僕は悔しいだけだよ。さっきね。誰とはいわないけど、鳥居ミツさんてどんなとりえがあるのって聞かれた」
「あのウエートレスでしょ」
「違うさ」
「じゃー、あの変な顔した奴でしょ」
「変な顔?」
「バーテンよ。あいつ、人にマットレス早く運べって、偉そうに・・・」
「君の能力を知らないからだよ。僕は悔しかったよ。何をいうんだ?君どころか、ミツさんには君たちにはとうていかなわない能力があるんだって、しゃべりまくりたかったよ」
「本当にそう思うならしゃべればいいじゃない」
「口で言うより、見せたいんだよ」
「うまいこと言うわね」
「実はね、皆を集めてるんだ」
「皆を。何をするの?」
「皆の前で、君の力を見せたいんだよ」
「ブツブツ言いだしてるのがいるんでしょ」
「それもある。僕はね、君がただの怠け者だと思われるのが辛いんだ」
「やーね。私、そんな自慢たらしくやりたくないわよ」
「皆がびっくりする顔が見たい」
「条件があるわ」
「なんだい?」
「あのウエートレスのことは冬子ちゃんていって、私のことはミツさんていうの。そりゃ、むこうのが男好きするからだろうけど・・・」
「君に敬意を表して」
「同じにしてよ」
ミツは照れ隠しのため部屋を出て行ってしまう。
「いいとも」
面川はそんなことかと思い、笑いながら応えた。
2人はボイラー室に行った。
「オートマチックじゃないんだけど、さしあたってこの旧式のボイラーでやっていかなくちゃならないんだ」
そう言いながら面川は皆をボイラー室に招き入れるが、ミツは無言でボイラーの様子を見ている。
「皆に、ミツさんがどういう人だか紹介するのが遅れたけどね、ミツさんは・・・・あ、ミッチャンだ。これから皆、ミッチャンて呼ぶことにしよう。とっつきは悪いけど、いい人なんだ。蒲田で働いてるところで知り合ったんだけど、なんとしてでもこのホテルに来てもらいたくて。ボイラーは1級免許を持っている。電気はビルの配線工事もしたことがある。それに、溶接もできるんだ。それもただの溶接じゃない。なかなかやる人のいないアルミニウムの溶接も3年前にちゃんとマスターしたっていうんで、驚いてるんだ」
「明日までね」
ようやく口を開くミツの姿には自信があふれていた。
「そう。明日までかかる」
「私のバッグきてるわね」
「お、きてるよ」
面川はバッグをミツに渡した。
「見せもんじゃないのよ」
「分かってるさ」
「ミッチャンの働くところが素晴らしいんで、皆に見てもらいたくてね」
「そういう言い方が、私嫌いなのよ」
ミツはいろんな工具が収められているベルトを腰につけ、そのなかのラチェットと呼ばれる穴あきの工具に指を入れてまわしてみた。そして、さっとベルトの鞘に戻すのだった。その姿はガンマンが拳銃を何回もまわしてベルトに戻すしぐさと似ていて、格好いいものだった。
「へー。格好つけてるね」
七郎が言った。
「出て行って。からかうんなら出て行ってよ」
ミツはそう怒鳴ってしまう。
皆はボイラー室を出て行った。
冬子がボイラー室から食事をしている皆のところへ戻ってきた。
「どうした?」
「ご飯どころじゃないって言うんです」
「そう。食べて」
「言うと思ったんだ。俺の友達でボイラーの免許持ってるの何人もいるし、あんなのに手加減する必要ないんじゃないですかね」
史朗が面川に言う。
「仕事ぶりが抜群なんだよ。確かに愛想はないが、人間は悪くない」
「面川さんは馬鹿に肩入れしてるけど」
「惚れてんだよ」
「え?」
「彼女だけじゃない。僕は自分の選んだ人皆に惚れてるんだ。今日はミッチャンばかり褒めることになったけど、史朗君にだって惚れてるんだよ」
「そんな・・・」
照れ笑いする史朗。
「いちいち言わないけど、ここへ来てもらった人は皆、凄いところがある。悪い人は1人もいない。多少の買いかぶりはあるかもしれないけど。皆に惚れてるんだ」
「そういうサービスはよしませんか」
さめた言いかたの康雄。
「サービスじゃない。本気だよ」
「なんだか馬鹿にされてるような気がしますよ」
「誤解だな」
「そんなふうに気遣ってくれなくても、やり甲斐があると思えば一生懸命やりますよ」
「有難う」
「ただ、あなたの為にやると言ってるんじゃないんです」
「よさないか!せっかくの食事がもったいないよ」
「まったくだ。な、七郎君」
「いや、そう言われると困っちゃうけど、楽しく食べ終わっちゃいました」
面川は七郎の食べ終えた食器を見て笑ってしまう。
「どうですかな、皆さん。味のほうは?」
「美味しいわ」
「とっても旨かったです」
「有難う、しかし、毎日私の料理を食べていたら、こんなの気の抜けたシャンペンみたいなもんだよ。えー。亥太郎。材料が泣いているって、今叱っていたところだ。皆も、味についてはもう少し厳しくなってもらいたいな」
首をかしげながら厨房に戻る高間。
そんな高間に、首をすくめながら言葉なく会釈をする亥太郎。
「やられたね」
「七郎や」
「なんだい、おばやん」
「よそもんはああいうもんだ。褒めさせといて、足すくうんだ。おごっちそうさんです」
料理に対して皮肉とも思えるように、そして皆にも深く頭を下げて言うフク江。
「分かった分かった。おばやん」
皆の目を気遣いながらの七郎。
「食休みはむこうでやらすわ」
「おばやん。ええけ」
「いいから、こいってば。ここに一緒にいてもろくなことはないだば。馬鹿にされるのが落ちだば」
さっさと奥へ行くフク江に気まずそうについていく七郎だった。
「そんなこと言わなくたって、ええじゃねーか。一緒に仕事するんじゃねーか」
「もらった分だけ働くんだ。愛想言う金もらってねぇ」
「や、おら皆と一緒にいたいんだけども、ま、1人にもしておけねーから。おごっそうさまでした」
田舎者らしい純朴な七郎がしかたなしに奥へ行くのだった。
「まったく、昼飯ひとつ、うまくいかないもんだね」
自嘲気味な面川だった。
「気の抜けたシャンペンか・・・。なかなかうまいこと言うな」
そう言いながらスープを口にする面川。
夕暮れの八ヶ岳が映し出される。
見知らぬもの同士が、閉じている高原のホテルに集まってきたのは3月下旬であった。
集めたのは面川清次である。
誰もが見放したこのホテルを、泊まった人の心にいつまでも残るように、さわやかで暖かいホテルにしないかというのである。
予算は少なく、月給も満足に払えない。
だから、嫌な人を引き止めることはできない。
しかし、コンクリートと排気ガスの東京よりホテルの成功というはっきりした目標がある。
この高原の生活のほうが生き甲斐があるかもしれないと思う人は残ってほしい、
1人1人、その能力を見込んでかけがいのない人を選んだのだから。面川の弁舌はよどみがなかった。そのよどみのなさ。調子のよさに、胡散臭いものを感じるものもいた。
何か裏がるのではないかという思いは誰の胸にも残った。
しかし、東京に戻ると言いだす者はいなかった。
それぞれがひそかに抱く、それぞれの孤独が、高原での新しい生活を求めたからだった。北上冬子、高間麟二郎、高村康雄、鳥居ミツ、服部亥太郎、小笠原史朗。
会社から派遣されてきたという大貫徹夫。そして、地元から加わった杉山七郎と有馬フク江。
メンバーは10人であった。まだ風の冷たい、春の兆しも見えぬ、雪の残る高原での第一歩であった。
こんな田中信夫さんのナレーターが2話から挿入されました。
皆がてきぱきとベッドのマットや毛布のほこりをはたいたり風呂場の掃除をしている。
しかし、ミツだけはゆっくりとマットレスを2階から運んでいた。
「あーぁ。疲れた。何してんだろうな、あいつは」
史朗はそんな彼女を見つけると、もうちょっと急いでよと怒り、康雄には彼女の悪口を言ってしまう。
「なんだっていうんだ!あの女。たらたらばっかりしやがってよ」
「まだ?」
「今来るけどさ。有能な奴ばっかり集めたって言って、あいつはちっとも有能じゃないじゃないか。何がとりえがあるっていうんだ、あの女」
ミツはそんな史朗と康雄にマットレスを運んできた。
そんな時、キャーという悲鳴が響いてきた。
風呂場を掃除していた冬子がねずみを見つけて叫んだのだ。
皆がどうしたんだと駆け寄ったときは、すでに七郎がねずみを捕まえていた。
それは生まれたばかりの赤ん坊のねずみだった。
「見てみるかい?」
七郎が冬子とミツにそのねずみを近づけると、2人は飛び上がるように叫び声をあげ、皆に笑われてしまう。
「面川さん。少し早いけど一服しませんか?」
「一服?」
「ちょうど皆も集まったし、9時50分のお茶っていうのはどうですか?」
「そりゃいいですね」
「何を言ってる。ホテルの仕事に9時も10時もお茶の時間なんてものはないよ」
「営業すればそうでしょうけど、今日は早くから皆もよく働いたし」
「7時から3時間足らずじゃないか。おばちゃんを見てみろ。ねずみぐらいじゃ、びくともしないぞ」
面川はすぐ後ろで掃き掃除をしているフク江を見ながら言った。
「さ、昼まであと2時間だ。客室の半分は午前中までに片付けよう」
手をたたきながら皆を元の仕事に戻れといわんばかりの面川。
大貫も、仕事場に戻ろうと皆に声をかけた。
そんな彼を面川は2階に呼んだ。
「どういうつもりだい?10時のお茶なんていうことは、君が言わなければ皆考えてもいなかった。君は会社でお茶を飲んでいたかい?」
「勿論飲んでいませんでしたが、ここではその必要を感じたんです」
「分からないね」
「皆ばらばらで寄せ集めじゃないですか」
「昨日の今日だ。当たり前じゃないか!」
「ねずみ騒ぎで皆が一緒になって笑いました。そういうチャンスに、30分休憩して冗談を言いあえば、どれだけ気持ちが近づきあうか分からないでしょう」
「今日休めば明日も10時に休むことになる」
「払うものも払ってないんです、普通より休ませるって印象を与えるのも悪くないんじゃないですか?」
「機嫌をとっていたんではホテルは開けないんだ。一緒にやろうといって、皆もやる気になってる。気の緩むようなこと言わないでくれ」
そんなところに高間が野菜の仕入先を決めて帰ってきた。
大貫は肉と魚はどうしたか聞くと、この地元じゃ無理だと言われてしまう。
地元を大事にしないで潰れたホテルがあるという引き合いを出して、大貫は是非下の村で仕入れてくれと言う。それに対して面川は高間に自由にやってくれと言った。そして、大貫には仕事に戻りたまえと命令する。
「高飛車は駄目だよ。いいかい、大貫君。材料って物はね、材料を見分ける目があるだけじゃ駄目なんだよ。なんとしてもいい材料をつかんでくるという熱がないとね。下の店には、その熱がない」
「そんなことが簡単に分かりますか?」
「分かる。店と主人を見れば、分かる」
「勘ですか?」
「勘にも色々あるがね。私の勘は正確だ」
「そりゃそうでしょうね」
「好きにやらせてもらうよ」
「いいかい。土地の人のことを軽く見てるわけじゃない。現にあのおばちゃんを雇ったんだ。料理だけは最高のものを出したいっていうことで、あの高間さんにきてもらってるんだ。僕のホテルのキャリアは13年だ。君のにわか勉強でがたがた言ってもらいたくない」
「そうはいきません。私は社長命令で出向してきた人間です。予算の300万の管理が私の仕事です」
「だったら管理したらいいだろう。余計な出費は出さない」
「いくらけちけちしていてもホテルが成功しなければ、元も子もありません」
「そこまで、君に責任はないよ」
「私は責任があると考えています。社長は私をただの金庫番として出向させたんではないと思います。ホテルを絶対に成功させたいんです」
「君以上に私もそう思っている」
「今後も意見を言わせてもらいます」
そういう大貫に歯ぎしりする面川だった。
「殴りたければ殴りなさい」
面川を呼ぶ史郎の声。
「肉と野菜は、一応よいことにします。様子を見ましょう」
「面川さん。面川さん」
大貫に対する不満。史郎にせかされる掛け声に面川は史朗のほうへ行くことにした。
「面川さん」
ガラスをたたく史朗。
「なんだい?」
「あの鳥居ミツって女の人。怠けて頭きちゃいますよ」
「どこにいるんだい?」
「ねずみの後どこかいっちゃいましたよ。マット運ぶっていうから待ってたのに、来ないじゃないですか」
「探してくる」
「あの人のどこにとりえがあるんですか?どこかとりえがあるから選んだんじゃないんですか!」
そう言われきっとなって史朗を見る面川。
「怠けていて、とりえなんてないんじゃないんですか?」
「まわってこいよ。彼女のことは皆に話さなかったな。まわってこいよ」
庭にいる史朗に言った。
面川はミツの部屋に行った。
「この部屋も寒いな。皆、昨日は寒くてだいぶこたえたらしい」
そう言いながら腰掛ける面川。
「不満だろうと思ってた」
ミツの気持ちを気遣いながら言った。
「すぐ行くわよ」
煙草を吸いながらのミツ。
「いいんだ。掃除なんかするために来てもらったんじゃないんだ。ただ、すぐにはやる気にはなれないだろうし、特別扱いはしないでほしいと言ってた。それで皆と同じようにしてもらったんだ」
「それでいいわよ」
と相変わらずベッドに寝そべっている。
「そうだろうね。でも、僕のほうが焦れてきてしまってね。君にここまで来てもらったことが自慢なんだ。こんな有能な人を見つけたんだぞって、早く皆に自慢したいんだ」
「どうだか・・・」
「本当だよ。現に昨日だって皆の前で言おうとしたじゃないか。それを君が言うなっていうから、我慢したんだよ」
「本当のことだけ言うんなら、止めやしないわよ」
「そりゃそうだろう」
「どうってことのないウエートレスのことまで綺麗だのなんだのって調子のいいこと言うから、私の時にはなに言われるか、ぞっとしたのよ。私、お世辞嫌いだからね」
「そうか」
「あんなウエートレス。綺麗だなんて言われたもんだから甘ったれて、ねずみぐらいでキャーキャー言って人集めて」
「どうだい?皆に見せてやろうじゃないか!君がすごい人だってところを見せてやろうじゃないか!」
「そんなこと言って働かせようったって駄目よ」
「そうじゃないさ」
「だって、現に困ってるんでしょ」
「うん。困ってはいる。しかし、無理に働かせようとは思ってない。大事な人だからね」
「そんなこと皆に言ってんでしょ」
「言ってないさ」
「分かってるわよ。皆に美味しいこと言って、君が一番大事だからって皆を連れてきたくせに」
ようやくベッドから起き上がるミツ。
「僕は悔しいだけだよ。さっきね。誰とはいわないけど、鳥居ミツさんてどんなとりえがあるのって聞かれた」
「あのウエートレスでしょ」
「違うさ」
「じゃー、あの変な顔した奴でしょ」
「変な顔?」
「バーテンよ。あいつ、人にマットレス早く運べって、偉そうに・・・」
「君の能力を知らないからだよ。僕は悔しかったよ。何をいうんだ?君どころか、ミツさんには君たちにはとうていかなわない能力があるんだって、しゃべりまくりたかったよ」
「本当にそう思うならしゃべればいいじゃない」
「口で言うより、見せたいんだよ」
「うまいこと言うわね」
「実はね、皆を集めてるんだ」
「皆を。何をするの?」
「皆の前で、君の力を見せたいんだよ」
「ブツブツ言いだしてるのがいるんでしょ」
「それもある。僕はね、君がただの怠け者だと思われるのが辛いんだ」
「やーね。私、そんな自慢たらしくやりたくないわよ」
「皆がびっくりする顔が見たい」
「条件があるわ」
「なんだい?」
「あのウエートレスのことは冬子ちゃんていって、私のことはミツさんていうの。そりゃ、むこうのが男好きするからだろうけど・・・」
「君に敬意を表して」
「同じにしてよ」
ミツは照れ隠しのため部屋を出て行ってしまう。
「いいとも」
面川はそんなことかと思い、笑いながら応えた。
2人はボイラー室に行った。
「オートマチックじゃないんだけど、さしあたってこの旧式のボイラーでやっていかなくちゃならないんだ」
そう言いながら面川は皆をボイラー室に招き入れるが、ミツは無言でボイラーの様子を見ている。
「皆に、ミツさんがどういう人だか紹介するのが遅れたけどね、ミツさんは・・・・あ、ミッチャンだ。これから皆、ミッチャンて呼ぶことにしよう。とっつきは悪いけど、いい人なんだ。蒲田で働いてるところで知り合ったんだけど、なんとしてでもこのホテルに来てもらいたくて。ボイラーは1級免許を持っている。電気はビルの配線工事もしたことがある。それに、溶接もできるんだ。それもただの溶接じゃない。なかなかやる人のいないアルミニウムの溶接も3年前にちゃんとマスターしたっていうんで、驚いてるんだ」
「明日までね」
ようやく口を開くミツの姿には自信があふれていた。
「そう。明日までかかる」
「私のバッグきてるわね」
「お、きてるよ」
面川はバッグをミツに渡した。
「見せもんじゃないのよ」
「分かってるさ」
「ミッチャンの働くところが素晴らしいんで、皆に見てもらいたくてね」
「そういう言い方が、私嫌いなのよ」
ミツはいろんな工具が収められているベルトを腰につけ、そのなかのラチェットと呼ばれる穴あきの工具に指を入れてまわしてみた。そして、さっとベルトの鞘に戻すのだった。その姿はガンマンが拳銃を何回もまわしてベルトに戻すしぐさと似ていて、格好いいものだった。
「へー。格好つけてるね」
七郎が言った。
「出て行って。からかうんなら出て行ってよ」
ミツはそう怒鳴ってしまう。
皆はボイラー室を出て行った。
冬子がボイラー室から食事をしている皆のところへ戻ってきた。
「どうした?」
「ご飯どころじゃないって言うんです」
「そう。食べて」
「言うと思ったんだ。俺の友達でボイラーの免許持ってるの何人もいるし、あんなのに手加減する必要ないんじゃないですかね」
史朗が面川に言う。
「仕事ぶりが抜群なんだよ。確かに愛想はないが、人間は悪くない」
「面川さんは馬鹿に肩入れしてるけど」
「惚れてんだよ」
「え?」
「彼女だけじゃない。僕は自分の選んだ人皆に惚れてるんだ。今日はミッチャンばかり褒めることになったけど、史朗君にだって惚れてるんだよ」
「そんな・・・」
照れ笑いする史朗。
「いちいち言わないけど、ここへ来てもらった人は皆、凄いところがある。悪い人は1人もいない。多少の買いかぶりはあるかもしれないけど。皆に惚れてるんだ」
「そういうサービスはよしませんか」
さめた言いかたの康雄。
「サービスじゃない。本気だよ」
「なんだか馬鹿にされてるような気がしますよ」
「誤解だな」
「そんなふうに気遣ってくれなくても、やり甲斐があると思えば一生懸命やりますよ」
「有難う」
「ただ、あなたの為にやると言ってるんじゃないんです」
「よさないか!せっかくの食事がもったいないよ」
「まったくだ。な、七郎君」
「いや、そう言われると困っちゃうけど、楽しく食べ終わっちゃいました」
面川は七郎の食べ終えた食器を見て笑ってしまう。
「どうですかな、皆さん。味のほうは?」
「美味しいわ」
「とっても旨かったです」
「有難う、しかし、毎日私の料理を食べていたら、こんなの気の抜けたシャンペンみたいなもんだよ。えー。亥太郎。材料が泣いているって、今叱っていたところだ。皆も、味についてはもう少し厳しくなってもらいたいな」
首をかしげながら厨房に戻る高間。
そんな高間に、首をすくめながら言葉なく会釈をする亥太郎。
「やられたね」
「七郎や」
「なんだい、おばやん」
「よそもんはああいうもんだ。褒めさせといて、足すくうんだ。おごっちそうさんです」
料理に対して皮肉とも思えるように、そして皆にも深く頭を下げて言うフク江。
「分かった分かった。おばやん」
皆の目を気遣いながらの七郎。
「食休みはむこうでやらすわ」
「おばやん。ええけ」
「いいから、こいってば。ここに一緒にいてもろくなことはないだば。馬鹿にされるのが落ちだば」
さっさと奥へ行くフク江に気まずそうについていく七郎だった。
「そんなこと言わなくたって、ええじゃねーか。一緒に仕事するんじゃねーか」
「もらった分だけ働くんだ。愛想言う金もらってねぇ」
「や、おら皆と一緒にいたいんだけども、ま、1人にもしておけねーから。おごっそうさまでした」
田舎者らしい純朴な七郎がしかたなしに奥へ行くのだった。
「まったく、昼飯ひとつ、うまくいかないもんだね」
自嘲気味な面川だった。
「気の抜けたシャンペンか・・・。なかなかうまいこと言うな」
そう言いながらスープを口にする面川。
夕暮れの八ヶ岳が映し出される。
等の歌。
夜の心の 暗闇から 夢はわいてくる
けれど おはようの 朝はくる
ミツは黒く汚れた軍手でボイラーを直しているが階段を下りてくる足音に気づいた。
「誰?誰よ!」
黙ってドアを開けミツに近づく男。
「何の用?」
「俺の飯を2度も断るのはどういうことだ?」
「断ったわけじゃないわよ。きりがいいところで食べるって言ったのよ」
黙って布巾を取り食事をミツに突きつける亥太郎。
「むこう行って食べるわよ。食べるわよ、後で」
無言でミツに食事の載った盆をミツに押し付けてしまう。
「食べるわよ。食べるって言ったでしょ。暖かいうちに」
そういって亥太郎を見上げるミツ。
薄暗い厨房でタバコに火をつける面川。
そこに冬子が入ってきた。
「ミツさん、食べてます。ドア越しですけど、亥太郎さん。面川さんが言えって言った通り言いました」
「そう。こない?」
面川は冬子にそばに来ないかと言った。
「俺の飯を2度も断るのはどういう訳だ?これだけ。後は何も言わないんです。少ししたら食べるわって。ミツさん」
「そう」
「女同士は駄目ですね」
椅子に座りながら責任を感じるように言う冬子。
「対抗意識があるんだろう」
「ないですけど」
「むこうは、君ほど美人じゃないし」
「そんな・・・」
「あの仕事だけが誇りだからね。食事だからって、はいはいって言ってすぐに食べるような、そんな簡単な仕事じゃないんだっていうところを見せたいんだろう」
「亥太郎さんに持って行かせたのに感心しました」
「食べさせないと、参っちゃうからね」
「人間の、いろんなことを知ってるんですね」
「どうかな?ま、ホテルは長かったからね。人間の面においてはいろんなことを覚えるね」
康雄に七郎と大貫のいるロビーに戻る七郎。
「喋ってるけど、座っちまったよ。あそこで」
ふーんといった康雄。
「一緒に歌おうと思って、こうやって待ってるのに。あんた!今日は早く帰ったほうがいいよ」
「でも、今日はおばやんもう送ってきたから俺。何時になっても構わないんだ」
七郎は皆と一緒に、昨日のように歌うのが楽しみのようだった。それは、七郎だけでなく史朗や康雄もそのようだ。
「いくら待っても、昨日のようにはいかねーよ。野郎ばかりで歌うったって、面白くも何でもねーだろ」
「今に来るっすよ」
「1時間以上待ってんだよ。これ以上待ってたら男として格好つかねーじゃねーか」
「そう言われればそうだけど」
「そういうところに敏感になんなきゃ駄目だよ。あんた!」
「そういうところを、色々と教えてもらいてーな」
「教えてやろうか!格好ばかり都会人ぶったって、駄目なんだよ。いいか?そういう気風みたいなもんをきちんとしないと、都会じゃ恥かくぜ」
フリルのついたジーンズに触りながら説教がましく言う史朗。
「そういうとこ、難しいんですね。ふーん」
と鼻を鳴らすよう言う七郎に噛み付く史朗。
「お前の言い方、ちょっと癇に障るな」
「へ?そうかい」
2人とも待っている間に飲んでる酒がきいているようだった。
「大貫さん!本当のところ、面川さんていうのはどういう人なんですか?」
「どうって?」
帳面に目を通したままの大貫。
「社長に見込まれてこのホテルを任されたっていうのは、本当なんですか?」
「そういうことだな」
「見込まれなきゃ、こんなホテル任される訳ないし・・・」
面川のことが不思議でならない康雄。
「だけど、金の出し入れは大貫さんが管理してるんでしょ。そうなんでしょ。しかし、300万の金の管理のために社員の、それも課長待遇の大貫さんをここに出向させるなんて、勘定にあいませんね。見込んだんなら、普通は面川さんに任せるだろう。給料のほかに大貫さんをつけてよこすっていうのは、面川さんを信用してるんだかどうだか分からないってことだろう。なんかあるような気がするな。どういう人なんですか?面川さんは」
「君たちを騙したりすることはないと思うね」
「でも、裏があるにはあるんでしょ」
「私の口からは言えないな」
「つまり、あるってことですね」
「ホテルを成功させるっていう気持ちに嘘はない」
そこに電話が鳴った。
「いいかい!今のような質問に、私は一切答えない」
「え?高間さん。コック長。小諸?小諸で、いったいなにをしてるっていうんですか?えー?泊まる?明日の朝・・・」
大貫はその電話のことを面川に報告している。
「とにかくべろんべろんに酔っ払っていました。まさか、仕入先を小諸に決めた訳ではないでしょうが、もう少し監督するべきじゃないでしょうかね」
「うん」
「2日目によそに泊まるなんて、滅茶苦茶じゃありませんか」
大貫の言うことを黙って聞いている面川。
「前から言おうと思ってたんですが、我々の食事にしても贅沢すぎますね。ブイヤベース風といい、夜のひき肉料理といい、あんなもの毎日出していて、経営が成り立つと思うんですか?あなたは本当に、本気でこのホテルを成功させる気があるんですか?」
「本気じゃないって言うのか?」
「それを聞いているんです」
「じゃ、今日の食事から答えよう。昼の料理は主にあらをつかって、パン代をいれても、手間を省けば1人45円だと聞いている。夜も野菜は仕入先の佐々木さんからのもらい物だ。ひき肉は180円の合挽きを800グラムだ。昼夜合わせて1450円だ。10人分。贅沢というより質素すぎると言うべきじゃないかね」
面川が大声でまくし立てた。
「まだその報告を受けていませんね。事後報告は絶対困ります。金銭の出し入れは責任の私ですから」
大貫は手帳に面川の言った数字をメモしている。
「高間さんが滅茶苦茶だということだがね」
「自由に自由にと言いすぎるんです。だからつけあがるんです」
出向できているとはいえ、大貫は経理マンとして毅然としていた。
「自由につくらせて、こんな旨いものがほかで食えないと言われたくないかね」
「経営が成り立てば結構です」
「その分、私がカバーする」
「そんな道楽してる時じゃないんじゃないですか?だから、本気かと聞いたんです。本気で奥さんと、もう1度暮らしたいと思ってるんですか?」
面川がこのホテルに来た事情を知っている大貫はメモする手を止め、静かにそう聞くのだった。
「本気に決まってる。説教めいたこと言うな!」
顔を強張らせている面川はドアを開けて部屋を出ようとするが立ち止まった。
「祐子のことは2度と言うなよ」
暖炉の前では冬子を中心にユー・アー・マイ・サンシャインを楽しそうに歌っている。
そんな若者たちを2階から見下ろしている面川。
亥太郎はボイラー室でミツの手伝いをしていた。
面川はうつむきながら妻の祐子のことを思い浮かべている。
その夜、面川は寝ていても祐子のことでうなされ起きてしまう。
「終わりね。私たち」
「どこへ隠した?」
酔いどれている面川は祐子に聞いている。
「酒をどこに隠した?」
「捨てたわ」
サイドボードや食器棚に酒があるのではとよたつきながらも探している面川。
「そんなにホテルがいいなら、どこのホテルでも勤めればいいじゃないの」
「いまさら3流のホテルで働けるか!」
「どうして働けないの?何見栄張ってるのよ。あなたのやってることのほうのが、よっぽど見苦しいじゃないのよ」
面川はぐてんぐてんに酔っていながらも酒を探し、ほかのものを床に落としたりしている。
「あなたのしてることは最低よ」
面川はキッチンから部屋に移った。
「どこに勤めてもすぐ変わって、お酒でごまかして」
「どこに隠した?まだ5,6本あるだろう」
面川は祐子の襟元をつかんだ。
「気が小さいのね。どうしてそう1流ホテルにこだわるの」
「どこへやったか?どこへやったか言ってみろ!」
「1流ホテルが、もうあなたをつかわないって言うなら、3流ホテルでにも勤めて、ちゃんと1流にすればいいじゃないの」
「そんなことが、簡単にできると思ってるのか!」
「簡単とは言わないわ。男じゃないの。そのぐらいの気概があったっていいはずよ」
「女はそうやって言うだけか!ぺらぺら亭主を馬鹿にするだけか!」
首をふる祐子。
「あなたがその気にさえなれば、いくらでも手伝うわよ」
「綺麗なことを言うな!」
面川はテーブルの花瓶をつかんで叩きつけようとしている。
「それはやめて」
「なぜだ?」
「それはお父様が私たちのために、スペインから買ってきてくださったものでしょ」
「お前の親父は偉いからな。俺なんぞとは比較にならないからな」
面川は思いっきり花瓶を床に叩きつけてしまった。
泣き出してしまう祐子。
「私たち。何度も言うけど、本当に、終わりね」
誰もいなくなったロビーの椅子に座っている面川。
何度も言ったわ。もう、終わりよ」
アパートを出て行く祐子の姿。
「仕事場に来るなんて、困るじゃない」
「どこに住んでるんだい?」
「私たちが駄目だってことぐらい。あなただって、分かってるはずよ」
「酒はやめた。本当だよ」
勤務先のブティックへ、そして外に出てからも面川は祐子に付きまとって言う。
「本当に、酒はやめたんだよ」
だが、耳を傾けようとしない祐子。
「君を忘れない。忘れない」
祐子は立ち止まる面川を振り切ってしまう。その後姿を見守る面川。
祐子の父の会社。
「いいだろう。野島常務に行って貰おう。詰めになったら私が行こう」
「承知しました」
「待たせたね」
「いいえ」
「わざわざ来てもらって、済まなかったね」
「いいえ」
「探すのに骨が折れた」
「アパートを替えましたから」
「何をしてる?」
「自動車のセールスです」
「売れるかい?」
「人並みです。お騒がせしました」
「別居をしたというから、話を聞きたかったんだ。4ヶ月になるそうだね」
「はい」
「この前、飯を食った。祐子は別れたいと言ってる。別れたいなら、別れればいいと言った。本気で別れたいなら、止めてもしようがない」
祐子の父である大場仙造の前で小さくなっている面川。
「だが、祐子は君を諦めてはいない。否、父親の勝手な印象だ。勝手な印象だが、それほど間違ってるとは思ってないだろうと思っている。君が今の生活から立ち直れるなら、祐子は元の生活に戻りたいと思っている。私も、結婚には反対したが、今となれば多少の情も移る。私に手助けをさせてくれないか?」
うつむいている面川の目が大場仙造の顔を見た。
「君が私の手助けを嫌っているのは、私もよく知っている。だから、甘い話を持ち出そうというんじゃない。むしろ、厳しい仕事というべきだろう。ただ、君の得意な分野を提供するということだけだ。うちで、抵当に取った八ヶ岳のホテルがある。交通が不便な上、スキーもスケートもできない。5キロ離れて新しい設備のいい大ホテルができて、夏の客も難しい。経営コンサルタントも、手をつけないほうがいいと言っている。6年前に開業して、2ヶ月で閉鎖した。その後は持ち主が転々として、誰も手をつけた者がいない。そのホテルを、君に任せようというのだ。予算は300万。無論、足りないことは承知だ。これ以上は出せない。条件は酒を飲まぬこと」
小さく頷く面川。
「私は、今の君を信用していいかどうか分からない。君の実力も知らない。ホテルを成功させたら、君を信用するし、実力も信じよう。祐子も同じだろう。どうだい?やってみないかね。繁盛してるホテルの支配人として、高原のホテルに祐子を迎える気はないかね?どうだね?」
叱られている子供のような面川が顔を上げた。
「やります」
そんなことを思い出しながら、夜中に、外を見つめている面川だった。
「面川さん。面川さん。起きて下さい。面川さん」
「あ、済まん」
「コック長が戻ってきたんです」
「何時だい?」
「6時半です」
「あー」
ほとんど寝てない面川は眠そうである。
「夜通し飲んで、タクシーで帰ってきたんです。その金は一緒にいた男が払ったと言っています」
「誰だい?」
「面川さん。あのコック長は本当に信用できるんでしょうね」
「勿論」
「本当に料理が旨いんでしょうね」
「ちゃんと、彼がいるレストランで食べたことがある」
「彼がつくったものをですか?」
「そう言ってた」
「食っただけで、つくってるところを見なかったんですか?」
「しかし、長い間シンガポールの1流ホテルでコック長をしていた」
「確認した訳じゃないでしょう?」
「なぜそんなことを言うんだい?」
「40万食器を買っちまいましたよ」
「40万?」
「手付けで4万。40万の買い物したって、品物積んで戻ってきたんです」
「40万?」
厨房の隅で、高間と佐々木が酔って踊っている。
面川と大貫は衝突ばかりしていて、このさきどうなるのだろうか・・・。
それより、300万の予算しかないというのに、40万もの食器を買ってしまう高間とは・・・
夜の心の 暗闇から 夢はわいてくる
けれど おはようの 朝はくる
ミツは黒く汚れた軍手でボイラーを直しているが階段を下りてくる足音に気づいた。
「誰?誰よ!」
黙ってドアを開けミツに近づく男。
「何の用?」
「俺の飯を2度も断るのはどういうことだ?」
「断ったわけじゃないわよ。きりがいいところで食べるって言ったのよ」
黙って布巾を取り食事をミツに突きつける亥太郎。
「むこう行って食べるわよ。食べるわよ、後で」
無言でミツに食事の載った盆をミツに押し付けてしまう。
「食べるわよ。食べるって言ったでしょ。暖かいうちに」
そういって亥太郎を見上げるミツ。
薄暗い厨房でタバコに火をつける面川。
そこに冬子が入ってきた。
「ミツさん、食べてます。ドア越しですけど、亥太郎さん。面川さんが言えって言った通り言いました」
「そう。こない?」
面川は冬子にそばに来ないかと言った。
「俺の飯を2度も断るのはどういう訳だ?これだけ。後は何も言わないんです。少ししたら食べるわって。ミツさん」
「そう」
「女同士は駄目ですね」
椅子に座りながら責任を感じるように言う冬子。
「対抗意識があるんだろう」
「ないですけど」
「むこうは、君ほど美人じゃないし」
「そんな・・・」
「あの仕事だけが誇りだからね。食事だからって、はいはいって言ってすぐに食べるような、そんな簡単な仕事じゃないんだっていうところを見せたいんだろう」
「亥太郎さんに持って行かせたのに感心しました」
「食べさせないと、参っちゃうからね」
「人間の、いろんなことを知ってるんですね」
「どうかな?ま、ホテルは長かったからね。人間の面においてはいろんなことを覚えるね」
康雄に七郎と大貫のいるロビーに戻る七郎。
「喋ってるけど、座っちまったよ。あそこで」
ふーんといった康雄。
「一緒に歌おうと思って、こうやって待ってるのに。あんた!今日は早く帰ったほうがいいよ」
「でも、今日はおばやんもう送ってきたから俺。何時になっても構わないんだ」
七郎は皆と一緒に、昨日のように歌うのが楽しみのようだった。それは、七郎だけでなく史朗や康雄もそのようだ。
「いくら待っても、昨日のようにはいかねーよ。野郎ばかりで歌うったって、面白くも何でもねーだろ」
「今に来るっすよ」
「1時間以上待ってんだよ。これ以上待ってたら男として格好つかねーじゃねーか」
「そう言われればそうだけど」
「そういうところに敏感になんなきゃ駄目だよ。あんた!」
「そういうところを、色々と教えてもらいてーな」
「教えてやろうか!格好ばかり都会人ぶったって、駄目なんだよ。いいか?そういう気風みたいなもんをきちんとしないと、都会じゃ恥かくぜ」
フリルのついたジーンズに触りながら説教がましく言う史朗。
「そういうとこ、難しいんですね。ふーん」
と鼻を鳴らすよう言う七郎に噛み付く史朗。
「お前の言い方、ちょっと癇に障るな」
「へ?そうかい」
2人とも待っている間に飲んでる酒がきいているようだった。
「大貫さん!本当のところ、面川さんていうのはどういう人なんですか?」
「どうって?」
帳面に目を通したままの大貫。
「社長に見込まれてこのホテルを任されたっていうのは、本当なんですか?」
「そういうことだな」
「見込まれなきゃ、こんなホテル任される訳ないし・・・」
面川のことが不思議でならない康雄。
「だけど、金の出し入れは大貫さんが管理してるんでしょ。そうなんでしょ。しかし、300万の金の管理のために社員の、それも課長待遇の大貫さんをここに出向させるなんて、勘定にあいませんね。見込んだんなら、普通は面川さんに任せるだろう。給料のほかに大貫さんをつけてよこすっていうのは、面川さんを信用してるんだかどうだか分からないってことだろう。なんかあるような気がするな。どういう人なんですか?面川さんは」
「君たちを騙したりすることはないと思うね」
「でも、裏があるにはあるんでしょ」
「私の口からは言えないな」
「つまり、あるってことですね」
「ホテルを成功させるっていう気持ちに嘘はない」
そこに電話が鳴った。
「いいかい!今のような質問に、私は一切答えない」
「え?高間さん。コック長。小諸?小諸で、いったいなにをしてるっていうんですか?えー?泊まる?明日の朝・・・」
大貫はその電話のことを面川に報告している。
「とにかくべろんべろんに酔っ払っていました。まさか、仕入先を小諸に決めた訳ではないでしょうが、もう少し監督するべきじゃないでしょうかね」
「うん」
「2日目によそに泊まるなんて、滅茶苦茶じゃありませんか」
大貫の言うことを黙って聞いている面川。
「前から言おうと思ってたんですが、我々の食事にしても贅沢すぎますね。ブイヤベース風といい、夜のひき肉料理といい、あんなもの毎日出していて、経営が成り立つと思うんですか?あなたは本当に、本気でこのホテルを成功させる気があるんですか?」
「本気じゃないって言うのか?」
「それを聞いているんです」
「じゃ、今日の食事から答えよう。昼の料理は主にあらをつかって、パン代をいれても、手間を省けば1人45円だと聞いている。夜も野菜は仕入先の佐々木さんからのもらい物だ。ひき肉は180円の合挽きを800グラムだ。昼夜合わせて1450円だ。10人分。贅沢というより質素すぎると言うべきじゃないかね」
面川が大声でまくし立てた。
「まだその報告を受けていませんね。事後報告は絶対困ります。金銭の出し入れは責任の私ですから」
大貫は手帳に面川の言った数字をメモしている。
「高間さんが滅茶苦茶だということだがね」
「自由に自由にと言いすぎるんです。だからつけあがるんです」
出向できているとはいえ、大貫は経理マンとして毅然としていた。
「自由につくらせて、こんな旨いものがほかで食えないと言われたくないかね」
「経営が成り立てば結構です」
「その分、私がカバーする」
「そんな道楽してる時じゃないんじゃないですか?だから、本気かと聞いたんです。本気で奥さんと、もう1度暮らしたいと思ってるんですか?」
面川がこのホテルに来た事情を知っている大貫はメモする手を止め、静かにそう聞くのだった。
「本気に決まってる。説教めいたこと言うな!」
顔を強張らせている面川はドアを開けて部屋を出ようとするが立ち止まった。
「祐子のことは2度と言うなよ」
暖炉の前では冬子を中心にユー・アー・マイ・サンシャインを楽しそうに歌っている。
そんな若者たちを2階から見下ろしている面川。
亥太郎はボイラー室でミツの手伝いをしていた。
面川はうつむきながら妻の祐子のことを思い浮かべている。
その夜、面川は寝ていても祐子のことでうなされ起きてしまう。
「終わりね。私たち」
「どこへ隠した?」
酔いどれている面川は祐子に聞いている。
「酒をどこに隠した?」
「捨てたわ」
サイドボードや食器棚に酒があるのではとよたつきながらも探している面川。
「そんなにホテルがいいなら、どこのホテルでも勤めればいいじゃないの」
「いまさら3流のホテルで働けるか!」
「どうして働けないの?何見栄張ってるのよ。あなたのやってることのほうのが、よっぽど見苦しいじゃないのよ」
面川はぐてんぐてんに酔っていながらも酒を探し、ほかのものを床に落としたりしている。
「あなたのしてることは最低よ」
面川はキッチンから部屋に移った。
「どこに勤めてもすぐ変わって、お酒でごまかして」
「どこに隠した?まだ5,6本あるだろう」
面川は祐子の襟元をつかんだ。
「気が小さいのね。どうしてそう1流ホテルにこだわるの」
「どこへやったか?どこへやったか言ってみろ!」
「1流ホテルが、もうあなたをつかわないって言うなら、3流ホテルでにも勤めて、ちゃんと1流にすればいいじゃないの」
「そんなことが、簡単にできると思ってるのか!」
「簡単とは言わないわ。男じゃないの。そのぐらいの気概があったっていいはずよ」
「女はそうやって言うだけか!ぺらぺら亭主を馬鹿にするだけか!」
首をふる祐子。
「あなたがその気にさえなれば、いくらでも手伝うわよ」
「綺麗なことを言うな!」
面川はテーブルの花瓶をつかんで叩きつけようとしている。
「それはやめて」
「なぜだ?」
「それはお父様が私たちのために、スペインから買ってきてくださったものでしょ」
「お前の親父は偉いからな。俺なんぞとは比較にならないからな」
面川は思いっきり花瓶を床に叩きつけてしまった。
泣き出してしまう祐子。
「私たち。何度も言うけど、本当に、終わりね」
誰もいなくなったロビーの椅子に座っている面川。
何度も言ったわ。もう、終わりよ」
アパートを出て行く祐子の姿。
「仕事場に来るなんて、困るじゃない」
「どこに住んでるんだい?」
「私たちが駄目だってことぐらい。あなただって、分かってるはずよ」
「酒はやめた。本当だよ」
勤務先のブティックへ、そして外に出てからも面川は祐子に付きまとって言う。
「本当に、酒はやめたんだよ」
だが、耳を傾けようとしない祐子。
「君を忘れない。忘れない」
祐子は立ち止まる面川を振り切ってしまう。その後姿を見守る面川。
祐子の父の会社。
「いいだろう。野島常務に行って貰おう。詰めになったら私が行こう」
「承知しました」
「待たせたね」
「いいえ」
「わざわざ来てもらって、済まなかったね」
「いいえ」
「探すのに骨が折れた」
「アパートを替えましたから」
「何をしてる?」
「自動車のセールスです」
「売れるかい?」
「人並みです。お騒がせしました」
「別居をしたというから、話を聞きたかったんだ。4ヶ月になるそうだね」
「はい」
「この前、飯を食った。祐子は別れたいと言ってる。別れたいなら、別れればいいと言った。本気で別れたいなら、止めてもしようがない」
祐子の父である大場仙造の前で小さくなっている面川。
「だが、祐子は君を諦めてはいない。否、父親の勝手な印象だ。勝手な印象だが、それほど間違ってるとは思ってないだろうと思っている。君が今の生活から立ち直れるなら、祐子は元の生活に戻りたいと思っている。私も、結婚には反対したが、今となれば多少の情も移る。私に手助けをさせてくれないか?」
うつむいている面川の目が大場仙造の顔を見た。
「君が私の手助けを嫌っているのは、私もよく知っている。だから、甘い話を持ち出そうというんじゃない。むしろ、厳しい仕事というべきだろう。ただ、君の得意な分野を提供するということだけだ。うちで、抵当に取った八ヶ岳のホテルがある。交通が不便な上、スキーもスケートもできない。5キロ離れて新しい設備のいい大ホテルができて、夏の客も難しい。経営コンサルタントも、手をつけないほうがいいと言っている。6年前に開業して、2ヶ月で閉鎖した。その後は持ち主が転々として、誰も手をつけた者がいない。そのホテルを、君に任せようというのだ。予算は300万。無論、足りないことは承知だ。これ以上は出せない。条件は酒を飲まぬこと」
小さく頷く面川。
「私は、今の君を信用していいかどうか分からない。君の実力も知らない。ホテルを成功させたら、君を信用するし、実力も信じよう。祐子も同じだろう。どうだい?やってみないかね。繁盛してるホテルの支配人として、高原のホテルに祐子を迎える気はないかね?どうだね?」
叱られている子供のような面川が顔を上げた。
「やります」
そんなことを思い出しながら、夜中に、外を見つめている面川だった。
「面川さん。面川さん。起きて下さい。面川さん」
「あ、済まん」
「コック長が戻ってきたんです」
「何時だい?」
「6時半です」
「あー」
ほとんど寝てない面川は眠そうである。
「夜通し飲んで、タクシーで帰ってきたんです。その金は一緒にいた男が払ったと言っています」
「誰だい?」
「面川さん。あのコック長は本当に信用できるんでしょうね」
「勿論」
「本当に料理が旨いんでしょうね」
「ちゃんと、彼がいるレストランで食べたことがある」
「彼がつくったものをですか?」
「そう言ってた」
「食っただけで、つくってるところを見なかったんですか?」
「しかし、長い間シンガポールの1流ホテルでコック長をしていた」
「確認した訳じゃないでしょう?」
「なぜそんなことを言うんだい?」
「40万食器を買っちまいましたよ」
「40万?」
「手付けで4万。40万の買い物したって、品物積んで戻ってきたんです」
「40万?」
厨房の隅で、高間と佐々木が酔って踊っている。
面川と大貫は衝突ばかりしていて、このさきどうなるのだろうか・・・。
それより、300万の予算しかないというのに、40万もの食器を買ってしまう高間とは・・・
- 2008/05/21
- 「高原へいらっしゃい」のストーリー
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