田宮二郎の高原へいらっしゃい

1976年にTBSが放映した田宮二郎さん主演の「高原へいらっしゃい」というドラマの紹介と八ヶ岳周辺についてのご案内です。

日本酒のコマーシャルに出てた田宮二郎さん

高原へいいらっしゃいの物語のなかで、田宮二郎さんが別居中の妻の父でありホテルのオーナーでもある岡田英次さんに借金の申し入れに行くが断られてしまうところがあります。

田宮さんは禁酒をしているんですが、失意のどん底でバーに入ろうかどうかためらいながらも、ウオッカを飲んでしまう。
ぐでんぐでんに泥酔した田宮さんは皆から総すかんを喰らい、翌日には康雄と史朗に七郎が東京へ帰ってしまう。
三人がジープで行ってしまい、客の送迎ができなくなり・・・
といっても、客のくる見込みもないホテルだし・・・

田宮二郎さんは大関コマーシャルに出演していましたが、実際には下戸でほとんどお酒を飲めなかったらしいです。
でも、あのダンディーな人ですから、ロッキングチェアーでブランデーなんかを飲んでるイメージが強いんですけどね・・・
人は見かけによらないもんです。

テーマ:高原へいらっしゃい - ジャンル:テレビ・ラジオ

  1. 2008/09/21(日) 02:19:08|
  2. 田宮二郎さんについて
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「木枯し紋次郎」になっていたかもしれない田宮二郎さん

「木枯し紋次郎」といえば中村敦夫さん主演の異色時代劇でした。

1972年に始まったこのドラマの主演はギャラの安い新人にしようということで、まだ無名だった中村敦夫さんになったそうです。
もし田宮二郎さんがこの当時まだ有名ではなく、しかもギャラが安ければ木枯し紋次郎になっていたかもしれません。

「高原へいらっしゃい」はそれより遅れて4年後の物語でした。
紋次郎をやっていたとしたら、田宮さんの高原へいらっしゃいでの面川清次役は、一味違ったものになっていたかもしれませんよ・・・

テーマ:ドラマ - ジャンル:テレビ・ラジオ

  1. 2008/08/20(水) 22:20:15|
  2. 田宮二郎さんについて
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「高原へいらっしゃい」における田宮二郎さん

田宮二郎さんはテレビや映画の仕事について
「陰にこもったものとか復習する配役は断ることにしている」
といってました。

この「高原へいらっしゃい」は女房役の三田佳子さんから三行半を突きつけられるものの、その義父である岡田英次さんから抵当で得たホテルを再建してみないかといわれる。
ホテルが好きならその道で生きてみろ。
そして再建したなら、娘も喜んで君と復縁するのではないかといわれる。
面川清次役の田宮二郎さんにしてみれば、女房とその父親からホテルマンとしての才能があるかどうか試されるようなものである。
それを穿った見方をすれば、面川清次がそんな二人に復讐するとも限らないだろう。

だが、このドラマはそういったどろどろとした愛憎劇ではない。

硝子は割れ客室の壁紙は染みだらけでベッドの傷みも激しいというのに、三百万で全てを賄っていかなければならない。
それなのに、繁盛してる高原のホテルで働いてみないかと、嘘をついてまで人を集めてしまう面川。
一見詐欺師のような飄々とした感じとは別に、回を追うごとに人間味溢れる脚本は、面川清次という男の心情をうまく表していき、山田太一という作家の真骨頂かもしれません。

時には翳りを見せ、その逆に笑顔で皆に接する田宮二郎さんは、「悪名」のモートルの貞とまではいかないまでも、それにちかい雰囲気もします。

そんな田宮二郎さんの憂鬱と苦悩から始まる第一話はこちらです

登場人物の詳細はこちらです

テーマ:高原兵いらっしゃい - ジャンル:日記

  1. 2008/05/14(水) 16:04:08|
  2. 田宮二郎さんについて
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

田宮二郎さんの「高原へいらっしゃい」を開設しました

誰にも忘れられない映画や音楽、それにテレビドラマがある。
私が田宮二郎さんを好きになったきっかけのドラマ「高原へいらっしゃい」についてと、その舞台になった八ヶ岳周辺について、少しずつですが紹介していきたいと思っています。

テーマ:高原兵いらっしゃい - ジャンル:日記

  1. 2008/05/09(金) 13:43:41|
  2. 田宮二郎さんについて
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

田宮二郎さんのプロフィール

本名   柴田吾郎
出身地  京都市
学歴   京都市立錦林小学校 京都市立岡崎中学校 京都府立鴨沂高校 学習院大学卒業 
tamiya_jirou_001
生後4日で父を失い幼少の頃は親族に育てられる。
大学在学中の1956年に「ミスター日本」のコンテストに優勝。
それをきっかけに大映映画の研究所に入所。
「9時間の恐怖」というドキュメンタリーでスクリーンデビューする。

「黒の超特急」「黒の暴走」などで共演した藤由紀子と1965年に結婚。2男をもうける。
その長男は柴田光太郎と名乗り後にフジテレビに入社し、ワイドショーのレポーターとなるも役者に転向。現在では舞台にも挑戦している。
1968年に「不信のとき」の映画ポスターにのせる名前の順番で大映側ともめ、映画界を追放される。
その後しばらくはキャバレーまわりなどをし、1969年にテレビ朝日の「クイズタイムショック」の司会に抜擢される。
映画界のほうでも5社協定のきれた1969年6月にフリーとなり、「日本暗殺秘録」でカムバックを果たす。
1971年には自ら立ち上げた会社「田宮企画」で「3000キロの罠」を製作するがヒットにはならなかった。
1976年は「ゆく年くる年」の司会も勤めるが、当時彼自身が出演していたテレビ版の「白い巨塔」の終盤を迎えた1978年12月28日、猟銃自殺を図る。
自殺の理由は借金苦などまことしやかに噂されるが、本当は鬱病による発作ではないかと見る向きが多い。

女の勲章 悪名 黒の試走車 鉄砲犬 複雑な彼 白い巨塔 豹は走った 3000キロの罠 不信のとき 人生劇場 宮本武蔵 華麗なる一族 球形の荒野 不毛地帯 動脈列島 必殺仕掛け人 イエロードッグ 撃たれる前に撃て  ほか多数

クイズタイムショック 白い滑走路 白い地平線 白い影 白い荒野 知らない同士 高原へいらっしゃい 白い巨塔 

「現代は時間との戦いです。さああなたの心臓に挑戦します。
Time is money. 1分間で100万円のチャンスです。
果たして超人的なあなたはこのチャンスをどのようにしていかすか!
クイズタイムショック」


こんなフレーズで始まるテレビのクイズ番組の司会は、まさしく知的でクールな田宮二郎にはうってつけの役のようだった。
映画でもその多彩ぶりは十分に発揮される。
「女の勲章」では冷血漢を、「悪名」シリーズの清次に扮しては飄々とした役をこなしていました。
テレビの「知らない同士」「高原へいらっしゃい」では時代を反映した役柄を見事に演じている。
また「白い巨塔」では癌にかかった医師役を演じる際、減量して迫真の演技で好評を得たのは死後のことで、なんとも皮肉なものだった。
しかし、そうした役よりも本当は、「イエロードッグ」のような世界をまたにかける役柄。それを私生活としても目指していたのかもしれない。

テーマ:高原兵いらっしゃい - ジャンル:日記

  1. 2008/05/09(金) 12:45:52|
  2. 田宮二郎さんについて
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0